これは、未知のものや変化を受け入れず、現状維持をのぞむ心理作用のことだけれど、東大に入った同級生のなかにも、これにとらわれて行動をする人が少なからず出てくる。
どういうことかというと、東大に頑張って合格した結果、まわりの人も驚きの目で見てくれるし、出てくるのは誉め言葉ばかりだ。ずっとその状態が続けばよいなと思ってしまう。そんな余韻にだけ浸っていると、このままでいいやと思って、次の成長の機会を逃してしまうんだ。
正直、おじいちゃんの場合も、地方のことだから東大合格ですごく目立って、あちこちから祝福の電話や合格祝いも頂いたし、4、5月は本当に気持ちよく過ごすことができた。人生で一番心が晴れやかだったかもしれないね。じつは、両親もそうだったろう。
いつもまわりからお祝いの言葉をもらって「いやいや、やっとのことでした」と返答していたけれど、顔はにやにやしていたからね。
でも、そういう現状から強い意志をもってできるだけ早く脱却しないと、東大というブランドに頼って4年間楽しく暮らせればいいやと割り切ってしまうことになる。
おじいちゃんのときにも、そういう学生はけっこういたんだ。こういう学生は、大学という場を積極的に活用できず、とてももったいないことだね。
もちろん、将来、一流の研究者になるという夢に向かって、受験勉強を一切忘れて、学問の世界に大きな一歩を踏みだす優秀な学生もたくさんいたよ。大学入学時に、こんな学生からすごい知的刺激を受けることができたのはとてもよかったと思うね。
そうだ、折角の機会だから、M君にはもうひとつ話しておきたいね。
心理学には「学業的自己効力感」という言葉があるんだ。
長くて難しい言葉だけど、簡単にいうと、勉強して苦労しながら理解できた経験や、難関大学などに合格することを積み重ねることで生まれる「学業分野の自信」ということかな。
これから長い人生を生きていく上では、大学で勉強したことだけでは十分でないから、自分で新しい分野の勉強をする必要が出てくる。このようなとき、この「学業的自己効力感」が大きな力を発揮するはずだ。
これから、おじいちゃんの大学、大学院時代のことを話すから、今まで話したことを考えながら、聞いてみてね。