良子がY氏と結婚していれば、今の私はどうしているのだろう。良子は嫂の姪である。
母は、「良子ちゃんのような子がお前の嫁になってくれたら、どんなにか安心だろう」と、良子に聞こえるようにつぶやいていた。その横にはコオがいた。どうして良子が、私のヨメになったのか。今でもよく分からない。
ずっとあとになって、40の頃、私はカトリックの洗礼を受けた。「良子のような女が私に与えられるのなら、神は存在する」と思った。神を信じたのはそういうことであった。
良子は、静かな女であるが、弱くはない。個性をいうなら、真に個性的である。化粧というものをしない。顔にも髪にも塗ったことがない。クリームも口紅も髪油も、見たことがない。
嫁入りに持ってきた鏡台は部屋の隅におかれているが、前には椅子がない。時々、雑誌などが積み上げられている。私は鏡台の前の良子を見た記憶がない。洗面台の鏡が良子の化粧台であった。
一度だけ理由を聞いたことがある。強度の近視のために鏡の中の自分の顔がぼやける。だからやめた。
髪油も塗らない。毛染めなどしない。しかしきれいな肌であり髪である。白髪を、私はきらいでない。
それにしても女が化粧をしないというのは尋常な個性ではない。いつの間にか、裏千家の茶道では「準教授」、草月流生け花では「1級師範顧問」の資格を得ていた。
良子の作った膾(なます)を肴に舞美人を味わってると、元日の夜が明けてきた。国旗を玄関に揚げた。
次回更新は5月5日(月)、20時の予定です。
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