勢いこんで外に飛び出すと雨だった。取って返し、ピンクの傘を掴むと、足早に部屋を出る。宣言通りカフェで過ごすことにした。いつやむともしれぬ雨の音を聴きながら、寒さに震え、飯島さんの不気味な顔を思い出しながら篤を待つのは、途方もなくしんどい時間だった。
「あれ……?」
私はあのとき、何を考えた?
──篤ポジションの男は、怪異に触れて死ぬ──
ピーン、とスマホがメッセージの通知を知らせる。見ないでも、篤が到着を知らせるものに他ならない。〝着いたよ。先入〟まで表示された通知画面を見た私はすぐにカフェを出た。コンクリートに跳ね返る飛沫が白く泡立つほどの雨。ズボンの裾が濡れるのも構わず走って帰った。
どんよりと暗雲を背負うマンションは電気がほとんど点いていないみたいに暗く淀み、私を飲み込む。角部屋まで走る私の目には、玄関に引っ掛けられた白い傘が見えていた。
「篤……!」
傘を掴んだ瞬間、ぼたたたっと赤い液体が滴り落ちた。「ひい!」思わずその場に放り出す。玄関のノブを握って体をぶつけるようにして中へ入る。「篤!」鍵をかけ、篤が脱いだ黒い革靴を踏んで、廊下を這う。「篤ぃ返事して!」
リビング中に漂う鉄臭さに、ずん、と寒気が太ももを伝う。私は異常の中にいる。あるいは異常が私の中に入ってきた。入られた。
「どこにいるの……」
ひとつひとつ、電気のスイッチを押しながら、両手で壁を押さえながら前へ進む。ソファに置かれた篤の鞄。誤魔化せないほど濃くなる血の匂い。篤がいない。
ピーンポーン。
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