【前回の記事を読む】工事で〝命の恩人〟の「菩提樹」が伐られる危機――古い記憶を辿っていくと、幼いころに撮った写真に写る菩提樹にはしめ縄が…

神様の樹陰

恩人の樹(き)

担当者への電話はすぐ繋がった。

「えっ! あの菩提樹を残したいんですって? 交通の妨げになりますし……」と担当者は口ごもる。

「交通の妨げになるとおっしゃるの? なんとかなりませんかしら?」

沙那美はできるだけ相手に警戒心を抱かせないように柔らかな口調を心がけた。

「車の視界を遮りますし、スムーズな交通の流れを阻害します。歩行者にとっても邪魔ですよね」

「歩行者の妨げになりますかしら……? あれは昔から〝神木〟なんです。昔の写真にはしめ縄が巻いてあるです」

「そうですか。それは知りませんでした。でも障害者の車いすもスムーズに通れるようにしたいんです」

「そこだけ、歩道を広くできませんかしら? 何も車道優先で同じ幅にしなければならないとはおもいませんわ。交通量もそんなに多くありませんし、どうか、どうかお願いです。あの菩提樹を助けてやってください」

沙那美は電話口で必死に頭を下げた。彼女にとって〝命の恩人〟。今度は沙那美があの菩提樹の命を守る番だとおもうと、なんとか、という気持ちがさらに積み重なっていった。

「歩行者に重きを置いた道路もあるんですが……困りましたな」

市役所の担当者は言いよどんでいる。困らせてはまずい。今日はこのくらいにしておこうか、と迷った。

しばらく沈黙が続く。

「とにかく今日は金曜日ですから、来週月曜日の午後二時、現場でお話ししましょう。ご都合は?」

ややあって、担当者のか細い声が聞こえた。

「仕事、半休取りますわ。お待ちしています。お忙しいのにすいません」