テレビの音がうるさかったのではないかと訊いてみたら、「子守歌のようでかえってよく眠れるんや」と笑った。
外に出る。彼は軽トラックから脚立を降ろした。
葉のない菩提樹を見上げ、二礼二拍手一礼して御神酒を一升瓶からそのまま菩提樹の根元を浄めるようにまいた。口をもぐもぐさせている。何だかわからないが祝詞をあげる真似事らしい。
沙那美はしめ縄を道に置いて、五十センチメートル間隔で紙垂を吊す。雅史は脚立に登ると、沙那美が胸の高さで巻き付けたしめ縄を少しずつ脚立の高さまでずり上げ、荒縄で固定した。
紙垂が闇に際立ち白くひらひらと揺れていた。沙那美はその白い紙垂を見ていると、次第に心が落ち着くのがわかった。改めてこの菩提樹が〝神木〟であることを確かめたおもいだった。
数学では解けない不可思議な心強いおもいが彼女の心を満たした。
菩提樹にしめ縄を巻き終えると、雅史は脚立の上でしばらく街の夜景を眺めている。
沙那美ももうすでに眠りについた町から眼下に見える街の煌めきを見て、高速道路を走る車の光束を追い、さらにその向こうの茄子紺(なすこん)の海に行き着いて和んだ。
「田圃から見える星空は、このごろはあまりええとはおもわんようになったけど、ここは毎日ええもんが見えるなあ」
沙那美に言ったのか、独り言なのか、かなり大きな声だった。夜陰に紛れてなんてあったもんじゃない。
次回更新は4月11日(金)、22時の予定です。
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