【前回の記事を読む】〈菩提樹のある町を守ろう! 神が宿る〝神木〟を守ろう!〉をスローガンに署名活動を決意
神様の樹陰
恩人の樹(き)
市と業者の監督との話は結論が出なかったが、収穫はあった。工事は工期もあるので進めるが、菩提樹がある部分は、この町の総意が決まるまで待ってもらうことになった。
早速、自治会長宅を訪れた。
「あんな菩提樹、伐ったほうがすっきりしてええ。あの樹の陰に誰かが隠れていて襲われたらどうするんや? それでオーケーしたんや。それにな、あれはお宮のもんや。昔、あそこは御旅所だったことは、知ってるやろ?」
「ええ、古い写真からしめ縄を巻いた〝神木〟ということもわかりましたわ。お願いですから、あの菩提樹を守ってください」
「あの菩提樹は昔、お宮の所有やった。だから、伐採するかしないかは、わしたち、宮総代が決めることや……わしは総代の代表も務めているんや。あとからここに住み始めたあんたらにはあれこれ言う権利はないで。村会はまだしも自治会の総会にかけろって?」
会長は総会にかける気はまったくない様子で開き直った。
「でも、大切なことですわ。今やあの菩提樹は町のシンボルですからね。町の人の意見も聴いてほしかったわ。だいたい村会などと称して市町村合併前の村時代の人たちだけでこの辺のことを決めてしまうのは横暴ですわ」
「この町にはな、市と合併する前の財産があるんや。財産区とゆうてな、特別な法人格や。それを村会と呼んでるだけや」
「それは昔からこの町に住んでいる人だけの既得権ですか?」と沙那美が訊いたとき、自治会長の顔が一瞬、翳ったように見えた。
何かある? 沙那美の心証に引っかかった。教師仲間に他の財産区の代表をしている山森先生がいる。あとで確かめてみようとおもった。というのは、彼はその土地出身の人ではなかったからだ。沙那美と同じ、いわゆる新住民だった。
「それは別として毎日登山会もあの菩提樹の保全をめざして市に陳情書を出すと言っていますわ。ですから会長さんも菩提樹保全をめざして住民の総意をまとめるために自治会の総会を開いてくださいな」