【前回の記事を読む】「御旅所って?」「お祭りのとき、神輿が休憩するところや」孫らしき少女に〝神木〟だった「菩提樹」について話す老翁
神様の樹陰
恩人の樹(き)
「歩行者にとって、安全安心の歩道ができるのですから、自治会から広報してもらえばいいとおもったもんですから……」
「あの菩提樹はこの町ができる前から、神が宿る〝神木〟なんです。ここにこうしてずっと立っているからわたしたちはいつもと変わらない安全安心の気持ちでいられるんですわ。この大樹が〝神木〟としてここに残ったのもこの町の景観や環境そして市民の安心安全にとっても大切だったからとおもうんです」
「おかしいですね。昨日までしめ縄はなかったようにおもうんですがね」
請負業者の山村はしきりに頭を傾げている。
「ええ、この写真をご覧ください。わたしが幼いころはちゃんとしめ縄が巻かれていたんです。それで土曜日に叔父に頼んで復元してもらいましたの」
沙那美は正直にしめ縄の経緯 (いきさつ)を話した。
「この菩提樹は街路樹ではないんです。果たして誰の所有かもはっきりしないんです。ここが村のときからあった、と聞いています。わたしたちは仕事上、『路傍樹(ろぼうじゅ)』と呼んでいます」と村上。
「あら、素敵な呼び名ですね。道路にあるのに、市の樹ではないのかしら? わたしんちの樹なら、なおさら伐るべからず、になりますわ。いや〝神木〟ですからお宮の財産ではないでしょうか?」
沙那美は内心ドキドキだったが、平静を装う。
「いえ、そうなると、道路上にありますから不法物件ですね。それなら直ちに除(の)けてくださいよ」
村上は意地になったようで少し気色ばんだ。