「聞くところによると、この菩提樹のあるところはお宮の御旅所だったらしいんです。いつから市のものになったのかしら? でも、『路傍樹』という素敵な名前もあるくらいですから、市有物件であることは明かですわね。友人の造園家が申しておりましたが、これからの道路は必ずしも車優先でない『みち』あるいは『径』、いわゆる歩行者のための道が大切だよ、と」
沙那美は元彼、祐司の受け売りで話を続ける。
「蛇のようにクネクネの道、獣道のような自然溢れる小径や道の真ん中に大樹がそそり立つ道路があってもいいんですよね。それに道路沿いに小川も流れていますから、『小川の流れる道』になりますわね」
沙那美は過去に祐司からもらった『街路樹』という本を昨夜少しかじって知識を補強していた。
「ここを通る毎日登山会の方も保存する方向で市に陳情するっておっしゃっておられましたわ。なんとか残す方向でご検討ください」
沙那美は〝命の恩人〟あの菩提樹の命を自分の命と同じように考えている。嫌われてもいいから、沙那美があの菩提樹の命乞いをする番だと覚悟を決めていた。
「なんとか、お願いします。なんとか……」と、なんとかを繰り返した。
横で村上と沙那美の話を聞いている山村は明らかに苛苛しているのがわかる。右足の貧乏揺すりが激しくなっている。
「そんなにこの樹を残したいとおおもいなら、自治会で話し合ってこの地域の総意をまとめてください。そしたら上司と相談して市も保存する方向で考えてみます」