【前回の記事を読む】「命の恩人」の菩提樹の下で、高校から24歳まで付き合った元彼とデートの別れ際に別れを惜しんでよく話し込んでいた…
神様の樹陰
恩人の樹(き)
「それでどうなったん?」
「ああ、それと近所のおかみさんたちに頼んで、この樹を伐ると、祟りがあります、かつてこの大樹を、邪魔や、と伐ろうとした人がもう五人も死んどる、って噂を流したんやて。効果覿面 (てきめん)や。欅の大樹は残った」と祐司は笑いながらさらに続ける。
「ほんとの話もあるよ。今は一般道やけど、西神戸有料道路の入り口に夢野墓地があったんや。そこにユーカリの大樹があったんやけど、墓地を移転させて住宅地にすることになったんや。昔から墓地跡は縁起がええというさかいな」
「それで?」
「ところが……、そのユーカリを伐ろうとして五人も亡くなられた。こんなことを話すと、言霊 (ことだま)が怖いよ。不吉な言葉は不幸を呼ぶからな」
祐司はそこで沈黙した。
まだあるらしい。さらに話すかどうか迷っているような「間」を沙那美は感じていた。
「それからなあ」と祐司は口ごもった。
「祟りや言霊なんてわたし、信じないから大丈夫よ。だから話して……」
沙那美は顔を近づけたが、祐司は遠くを見たまま黙ってしまったのを覚えている。
遠く街の煌めきの彼方、漆黒の空に稲光が走った。
沙那美は窓から菩提樹の下を見た。もうさっきのカップルの影は消えていた。
坂を登ってくる車のヘッドライトの光が沙那美の目を射た。(そうや、小さいときの写真にこの菩提樹が写っているかもしれない)
どうしてそうおもったかは、沙那美自身もわからない。それはヘッドライトの眩しさから誘発された閃きだったのだろうか?
沙那美は押し入れから古い家族アルバムを出してきた。
なぜかわくわくした気持ちが込み上げてくる。ページをめくる手がもつれたようでもどかしい。
あった!
沙那美の幼いころ、両親と菩提樹を背景に撮(と)った白黒写真。みんな笑っている。朝だったのだろうか? 白黒だけど、画面は明るい。背後の黒い大樹の幹に白いしめ縄がはっきりと写っている。