そのせいで、セキュリティーもしっかりしている高い塀の中で育った子供は、いつも周りに守られている安心感からか、危険を察知する能力が低いのかもしれない。
櫻井家の長男として生を受けた櫻井隼人も、幼い頃からこの住宅街で育ち、大企業の後継者として当たり前のように過ごしてきた。父親の会社を継ぐことが生まれながらに約束されていた隼人だったが、意外にも事業に関しては、二代目にありがちな無気力で軟弱な気質では決してなかった。ハングリー精神もそれなりに備えた、企業のトップにふさわしい後継者だったのだ。
特に事業に関しては、父親の開拓してきたアパレル事業が自分にも向いていたのだろう。父親の存命中から、隼人自身が考案したアウトドアブランドを立ち上げて、そこでも確実に成果を出していた。
だが、事業での好調な実績が、そのまま私生活にも当てはまるとは限らない。真琴のように、自由な身でいられるのなら制限や干渉も少ないのだろうが、跡取り息子としてのプレッシャーは相当なものかもしれない。事業では好調なだけに、そのプレッシャーから私生活では思わぬ落とし穴があったといえる。
男女間のもつれって言っていたわ……。
病院の噂ではそう話していた。
特に、男女の交際については、一番気を遣うところかもしれない。なんといっても大企業の跡取り息子に相応しい妻を求めることは、会社の将来にとっても重要なことであるからだ。素人のあずみから見ても、それくらいは分かる。
あずみは、バス通りから奥まった住宅街を歩いていき、一番見晴らしのいい高台に建っている真琴の家にたどり着いた。純日本風の檜造りの家という風格が、いまどきの西洋風の住宅よりこだわりを感じさせる。現在、櫻井隼人は、この家で母親と真琴と三人で暮らしている。最近は仕事が忙しくなって、会社の近くに部屋を借りようとしていると、以前、真琴は漏らしていた。
しかし、とりあえず今のところは、まだ一緒に住んでいるはずだ。病院から戻ってきたあとでは、慌ただしいかもしれないという遠慮が生まれたが、あずみは真琴の動向を知りたくて櫻井家のインターフォンを押した。
「はい、どなたでしょうか」
年配の女性の声がした。