【前回の記事を読む】運ばれた急患に嫌な予感がよぎる。まさか、そんなはずがない。そう思って、確かめにいくことに…

1 ある事件

真琴はけがをした「櫻井さん」と一緒に自宅に帰っているという。あずみの中で、すでに誰がけがをしたのかが見えてきた。全国的にも名の知れた大企業「サクライホールディングス」の後継者で、真琴の兄の櫻井隼人が、男女の揉め事でけがをするような事件に巻き込まれたのだ!

まずは、一番にこれは大変なことになると思った。

真琴の父親が火事で亡くなって、わずか半年もたっていない。その後、後継者である長男の櫻井隼人が跡を継いで、会社を切り盛りしていた。まだ二十代後半という若い後継者だったが、会社の経営を担う人物として当たり前のように育った隼人にとってみれば、少しその時期が早くなっただけである。いずれ後継者として引き継ぐことは約束されていたのだ。

だから後継者問題で揉めることもなく、会社には何も影響は起こらなかったと真琴から聞いていた。それが、このスキャンダルである。

先に事件が起こってしまった……!

あずみは責任を感じた。

今朝の話では、真琴はお兄さんに何か問題事が起こって相談したいと言っていた。朝の時点で、あずみが真琴にもう少し真剣に耳を傾けていれば、事件は未然に防げたかもしれない。真琴としては、こうなる前に、刑事である義兄に相談を持ち掛けたくてあずみに声を掛けたのだろう。

病院の前から飛び乗ったバスは、現在、櫻井一家が住んでいる閑静な高級住宅地の一角にたどり着いた―。

ここは、いつ来ても閑静な雰囲気が保たれている。

高級住宅地の一帯はどこでもみんなそうなのだろうが、日中、小さな子供がいる家庭でも、家の外で遊ばせることは少ないみたいだ。道沿いに子供がはしゃぐ姿を見掛けない。せいぜい高い塀で囲まれた庭先で遊ばせるくらいだろうか。