今日歌舞伎座の昼の部の演目は、

『音羽嶽だんまり』

『矢の根』

『一條大蔵譚』

そして、

『文七元結』

であった。

私の席は中央下手側の2列目、その右斜め前、つまり私の右隣あい子の前に、その人物はいた。最前列ということになる。

冒頭の『音羽嶽だんまり』が始まり、松也、萬太郎、児太郎、三人が花道から中央へ登場し、華麗に踊る。若いと言うことはすべてに勝る花である。美しい。

ところが右前のその人物は舞台を見ず、筋書のページをめくっている。私自身は開演中に筋書を開けることはしないが、時折、役者の確認であろう、開ける人がいる。それを一々は気にしない。しかし今回は度を超ていた。

文字を読むのではない。読んでいるのであればそのスピードでページをめくらない。ただ単にページを右から左へ、左から右へ、めくり続けているのである。

前を見ると、その男の左隣、つまり私の正面の人は、それが目に入らぬようにするためか、手の平を、馬の遮眼革のように顔に当てている。

舞台は若手三人が懸命に踊っている。

私はついに後ろから、その男の左肩に指を触れた。振り返った男に、私は本を閉じるように手で示した。

最前列ほぼ正面なのである。役者の目に入っているだろう。自分たちの演技への無視である。

幕間にその男は振り返り、私に文句を言った。