寝室を覗くと、良子は横たわっている。

あい子も帰っているようである。

私は一安心し、冷蔵庫の麦茶を出して、ゆっくり、たっぷり飲んだ。

そして、もう寝られないので、自分の部屋で本をあけた。

谷崎潤一郎訳『源氏物語』、中央公論社・昭和34年9月20日初版発行の10月15日発行第6版のものである。旧仮名遣い、旧字体が使われ、おそらく谷崎の意志をもっとも忠実に編集した、決定版であると思う。

これからどうなるのだろう。

私は良子の今回が、簡単なものでないことを感じていた。暗澹たる気持ちの中で、『桐壺』をひらいた。大河小説の、何という堂々たる出だしであろう。藤壺がなぜか良子にかぶさった。

6時過ぎに、「ごはん、できたわよ」という良子の声がした。

「え? 大丈夫なの?」

私は弾んで言い、下へ下りていった。

朝はうどんが多い。私が無類のうどん好きのせいもある。三食うどんでも平気である。

出汁は煮干しで取る。普通はイワシであるが、アゴは更においしい。

我が家のやり方は、出汁を取った煮干しを、そのまま全部食べる。生き物は全体の中にあらゆる種類の養分が含まれており、全部丸ごと食べるというのが、親から仕込まれた私の流儀である。従って、魚は大型より小さいものが好きである。サンマは骨が硬いので丸ごとという訳にはいかないが、イワシ、小さいアジは頭から全部いく。鮎などは相当に大きいものでも頭からかぶる。私はマグロが世の中から消えても一向にかまわない。鰺、鰯、鯖、秋刀魚、鰹、トビウオ、等々があれば十分である。

この朝のうどんにも、ワカメがたっぷりと入っていた。汁を一滴も残さず飲み(極端な薄味である)、「ごちそうさま」と言った。

うどんを食べながら、「どこの病院へ行ったの?」と訊ねた。

「横浜市救急医療センター」というところで、深夜にのみ対応しているとのことであった。

病状を聞いた。

「腸にガスが溜まっていたみたい」

「それだけのことか」

「クスリはくれたけど」

「お父さんのすることが大切だと分かったろう」

「ああ」

私はところかまわずやるクセがある。