「うん」と答えると、診察室の中に通された。診察室の中は、何か臭いと思った。どこかで嗅いだことがある匂いであったが、何の匂いかわからなかった。診察室には、寝癖で髪の毛が片方跳ね上がっている若い先生が座っていた。先生は自己紹介をしたあとで、

「もう小児科の先生から聞いていると思うけど、田中君の腎臓はね……」と言って、白衣のポケットをゴソゴソしだした。

「あーよかった、割れていなくて」

と言って、卵を2つ机の上に並べ始めた。それは両方ゆで卵であったが、片方の卵は殻が剝(む)かれていた。“あっ、これ、ゆで卵の匂いや”と匂いの正体がわかったが、診察室に卵があることへの違和感しかなかった。すると先生は爪楊枝を取り出して、卵を触りながら、

「一般的な腎臓はこの殻を剥いたゆで卵みたいに表面が柔らかいから、針を刺してもすぐに刺さるねん」

と言って爪楊枝でゆで卵を刺した。

「でな、田中君の腎臓は硬くなっていて、この殻を剥いていないゆで卵と一緒。これに針を刺そうと思っても、ころころ卵が転がって刺せないやろ。だから、直接卵を手で固定してやると、刺すことができるねん。これが手術でするってことなんやな」

と、どや顔で説明した。“へーそうなんや。僕の腎臓は殻を剥いていないゆで卵と同じなんや”と感心していた。すると先生が、

「面白かったか?」

と僕の顔を覗き込みながら聞いてきた。

 

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