初めての入院生活

出て行ってからヒロシが、「ヤマト君、めっちゃかっこいいやん、すげえ」と興奮していた。僕は、ヤマト君は僕たちの気持ちを代わりに話してくれているんだと思った。30分くらいして、たっちゃんとヤマト君が帰ってきた。

たっちゃんは、「あの石頭の師長め!」とまだ怒りがおさまらないようだった。

するとヤマト君が、「でも、気をつけるって言っていたやんか。入院のベッドのことなんか俺たちに言われても全然知らんけど。まあ、それでいいやん。これ以上話しても、平行線やわ。もうやめよう」と、たっちゃんだけでなく、僕たちみんなに向かって言ってくれた。

この事件というか体験は、僕が看護師になった今でも大事にしている。患者さんは、病気が治るとかよくなることに希望を持つ代わりに、多くのことを我慢している。

そのことを医療者が理解しないと、患者さんの懐に入らせてもらえないということを、ヤマト君から教えてもらったような気がする。

病院という場所を知る

小児科病棟に入院しているのは、男の子ばかりではなく、女の子もいた。でも、ほとんど会うことはなかった。当時、女の子の部屋はナースステーションを挟んで反対側にあった。

ナースステーション横にある体重計で体重を測る時にだけ、ピンクのチェック柄のパジャマを着た女の子に出会うことができた。男子と女子の病室の間には扉があり、その扉はお昼寝の時間や消灯時間になると閉まった。

ある日、いつものように体重を測り、デジタル表示の数字を鉛筆で紙に書いていると、女の子が歩いてきて僕と目が合った。女の子は、アニメキャラクターのワッペンがついたニット帽を被っていた。

その女の子の後ろから、お母さんだろうか、「もっとゆっくり歩きなさいよ、走らないでね」と声をかけていた。“何だろう”とじーっと見ていると、いきなり後頭部に痛みが走った。

「何見てるねん、このスケベやろう」という声が聞こえ、膝カックンもされた。その場でしゃがみこんでいる僕を、たっちゃんがニヤニヤしながら見ていた。

たっちゃんがこういう笑い方をする場合は、大抵僕のことをからかう時だ。たっちゃんにはたかれた頭を触りながら、たっちゃんの方を見上げると、「ここでは、女の子を3秒以上見るとスケベになんねんで。おまけに師長さんに、ぶっとい注射されるねんで」と言われた。

僕は師長さんが大きな注射を持った姿を想像し、鳥肌がたった。

「3秒も見てへんし、2・9秒やし」と必死にたっちゃんに言うと、たっちゃんは大きな声で笑いながら、

「なに焦ってんねん、めっちゃおもろいな順也は。嘘に決まってるやんか」と、今度は軽くおでこをデコピンされた。翌日、体重測定の時にまたその女の子に会うかなと期待していたが、会わなかった。