その日は朝から雨が降っていた。僕は雨の日が好きだった。雨が降ると、両親は畑に行かずに納屋で作業し、家にいることが多かったから好きだったのだ。

でも、病室で迎える雨は嫌いだ。窓から外を眺めながら、外に出たらあの道を歩いてとか、坂道を自転車で思いっきり下っていきたいなどとよく妄想していた僕にとって、雨で外が見えないのは苦痛であった。

就寝前の看護師さんの見回りが終わり、病棟放送で消灯のアナウンスが流れた。アナウンスと同時に部屋の電気が消えた。消灯になってもアキ君やヤマト君は、枕元の小さな電灯をつけて雑誌を読んでいた。

たっちゃんも電灯をつけ、携帯オーディオで音楽を聴きながら、音楽雑誌を見るのが日課だった。いつもなら、消灯になると廊下も静かになるのだが、その日は看護師さんが何度も廊下を行ったり来たりしていた。時々、バタバタ走っている音がリアルに聞こえた。

僕は頭から布団を被り、寝ようとしたが眠れなかった。すると、僕のベッドの上に大きな衝撃が走った。布団から顔を出すと、たっちゃんが僕の布団の上に乗っていた。たっちゃんは、僕が寝ているのを無視するかのように、窓から廊下側を覗き込んでいた。

「たっちゃん、なに? 痛いやんか」とうっとうしそうに言うと、たっちゃんは僕のことはお構いなしに、身を乗り出して電気がついている病室を見ていた。

たっちゃんはヤマト君に、「今日、何かあったんやない。状態が悪いんじゃないかな。前もこんなことがあったで」と小さめの声で言った。

「状態」「悪い」ということばが僕を怖がらせた。ヤマト君も僕のベッドのところに来て、「ああ、ホンマやな。女子の病室の方やし、あそこはクリーンルームやろ」とたっちゃんに聞いていた。

“クリーンルーム?”

何を言っているのか全くわからなかった。たっちゃんは、眼鏡を外し、目を細め、「あっ、そうや。順也、あれ貸してや、あれ、えー、オペラグラス」と僕に右手を差し出しながら言った。

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