お盆になると割烹旅館すぎ乃は泊まり客で賑わった。陽が暮れると客のうちさざめく声が厨房にいる源造の耳にも届いてきた。時折り子供の甲高い声もして、それが物珍しく感じられた。

骸骨も今ではここの一員として、てきぱきと仕事をこなすようになっていた。初めはヘマをしでかして源造から怒鳴られたものだが、三日もするとコツを飲みこみ、放っておいたらいつまでも仕事を続けていた。

源造は粗方料理も出し終え、半ば後始末にかかっているところだった。そこへ妻の京子がお盆を下げて入ってきた。

「あいつはどうした?」

「菊の間の後片づけをしています」

「ふうん、あいつよく働くなあ」

「そうですわね、仕事がていねいで、和美も鼻が高いでしょう」

京子は微笑んだ。源造が人を褒めることは滅多になかった。彼にとってよく働くというのは最大級の褒めことばだったのである。

「でも、あの妙なマスクと白手袋は気に入らねえ、まさかお尋ね者じゃないだろうな」

「そんな、いい人ですよ、お父さんだって分かってらっしゃるじゃありませんか」

そう言われて源造は満更でもなさそうに笑った。初めは胡散臭い目で見ていたが、今ではそういうこともなくなった。仕事振りを見ればその人となりがよく判る。それが持論の彼はいつの間にか料理を仕込もうかとすら考えていたのである。

「でもなぁ‥‥」

「何か事情があるんですよ、あの子たちは知っているらしいけど」

京子はそう言ってちょっと眉を曇らせた。そこへ、「お銚子お願いしまぁす」と言って和服姿の洋子が現われた。二人はそれっきり何ということもなく口を噤んでしまった。

    

次回更新は3月14日(金)、11時の予定です。

 

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