【前回の記事を読む】この世は何と色鮮やかなのだろう。これを和美に伝えたいと思ったが、その方法が判らない。それがもどかしかった。それでも…

其の参

[四]

気がつくと蝉の声も少し下火になってきた。お盆が過ぎても暑さに変わりはなかったが、時々草虫の声が聞こえるようになってきた。岬に吹く風にも時々涼気が含まれるようになった。

骸骨は旅館の裏手に回って朽ち葉を掃き集めていた。辺りには木漏れ陽が射し、小鳥の声が遠く近くで聞こえていた。久々の仕事で何をやっても楽しかった。建物の中や表はいつもきれいに整えられていたものの、流石に裏にまでは手が回り兼ねていた。それに気づいて壁沿いに散り敷いた朽ち葉などを片づけていたのである。

箒を使いながら、骸骨は時々ぼんやりともの思いに耽っていた。この日和美は登校日ということで、母親の運転で学校へ行っていた。彼女のいない午後の時間はまるで空虚で、心に穴が穿いたようだった。それで無聊を慰めるためにもせっせと辺りを掃いているのだが、ふとすると手が止まりがちになった。

何だか胸がむず痒いような切なさを感じていた。今日あの子がいなくなって、初めてそれに気がついたのである。和美や洋子の顔を思い浮べると、その切なさは一層募ってくる。だがそれは決して不快なものではなかった。胸にぽっと明かりが灯ったような温かさを感じるとも言えるのだ。

骸骨は彼女らに、異性というものに自身でも知れぬ淡い憧憬を抱き始めたらしい。だがそれは余りに漠としていて、自身にも何なのかよく解っていなかった。ただこの時になって初めて、心の通い合いというものがなければ、生きている甲斐がないのだと気づき始めたのである。

それはかつて正太に感じた友情とは別のものだった。ほとんど思い出すこともなかったが、彼に対する友情は不滅のものだと思っていた。だが気がつくとそれはほとんど影のようなものとなっており、自分でそのことに吃驚した。決して消えないと思っていた友情が今では隅の方に押しやられていたのである。