骸骨はまた自身の胸の裡に目を向けた。生きているということは、この切ないような胸の温かさを味わうことなのだと思っていた。
だが一方ではこれは決して口にしてはいけないことなのだとも判っていた。口にすれば折角築き上げた信頼関係が台無しになってしまう。言わないのが一種の作法なのだ。というよりも本当の人間ではない自分には越えてはいけない一線なのだ。だからこれは自分の胸にそっと収めていなければならない。そうは思ったが、それは辛い自覚だった。
また思い出したようにせっせと箒を使い始めた。骸骨は初めて密かな想いというものを身につけた。そしてそれを身につけることで、表情には驚く程の変化が現われた。相変わらず人工皮膚のマスクは被っているものの、その顔は陰影を帯びて一種男の顔というものになった。密かな想いを抱くことで、秘密をまとうことで、骸骨の心は深みを増したのである。
お盆の帰省客も去り、割烹旅館すぎ乃はいつもの落ち着きを取り戻しつつあった。そんな夕べのことだった。厨房で洗い物をしているところへ京子が怪訝な面持ちで入ってきた。
「ねえ、ガイ骨さん、楓の間のお客さんが、あなたを呼んでほしいって。何でも北海道からいらしたそうで、お知り合いかしら」
「エッ、小生ニ?」
骸骨はぼんやりとした顔を向けた。
「ええ、まず行って上げて頂戴、ここはいいから」
「ハア‥‥」
前掛けとゴム手袋を外すと、言われるままに奥へ向かった。何かの間違いではないのかと思ったが、一応は行ってみるべきだろう。
骸骨が去ると三人は顔を見合わせた。そして一言も口にしないで去った方を見送った。そちらからまたがやがやと賑やかな声が聞こえてきた。