さらにもう一つ私には一歩前進するための課題があった。

私は息子が一歳児になった時から保育園に預けてきた。その時保母さんが(当時は保育には女性しかいなかった時代である)連絡帳にその日の息子の友だちとのやりとり、様子を書いてくれた。

そこには私の知らない息子の成長を見ることもでき、特にひとりっ子だった息子の意外な面を知ることもできた。そんな保育園にはいまだに親しみと感謝を伴って思い出す。

入居者の家族が面会に来てもホームでの老親の様子を聞くことはほとんどないようだ。それで私は家族に当の入居者のありのままの様子を伝える機会を持つようにした。それは思っていた以上に家族に喜ばれた。

ホームからは「生活プラン」や「お知らせ」はいくだろうが自分の手許を離れた老親のホームでの生活を知ることはないからだ。

「そんな心遣いをしてくれるスタッフがいるなんて、私もいずれその時が来たらこのホームに入りたいですね」

「母がそんなことを言ってるんですか。うれしいですね」

「母がホームでそんなに笑うなんて考えてもみなかった」

「あなたのような友人ができて安心しました」

「母はさみしがりやだから心配していました。話し相手ができて、このホームに入れてよかった。安心しました」等々。

こうした交流はホームへの感謝につながり家族まで巻き込んでいった。これを私は循環型ホームと言った。

 

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