あの便せんを読んであさみともみ合った生徒は、あのあとさぞかし大げさに内容を理緒子にしゃべったことだろう。日本人は愛や友情をやたらと表明しないものだから、ひと言でもそんな表現を見つけたが最後、センセーションを巻き起こすのだ。

しかし、このとき便箋の内容に関してあさみは弁解せず、理緒子のほうも言及せず、したがって騒ぎも起きなかった。それが数ヶ月ほどたった日の学校帰り、乗客のまばらな明るい東横線の電車に並んで座っていたときのこと、理緒子が出し抜けに言い出した。

「あたし、いいこと知ってるんだ」

あごを上げ、唇の両端を下げ、目は奥のほうからあさみを見て笑っている。

理緒子がまともに人の顔を見るのは、ひどく関心があるか、怒ったときか、さもなければ極上のユーモアのにおいを嗅ぎとったときだけだ。

普通の話では、顔は向けていても、彼女の目は退屈そうにそっぽを向いている。相手を見る必要を感じないらしい。芝居がかった表情やかわい子ぶった仕草、とろんと濁った目などには興味を起こさない。彼女の視線は真実とユーモアしか追わない。

だがこのとき、何かを思い出したようにあさみを見て、意味ありげに瞳をキラキラさせた。あさみは、いいことって何を知っているの?などとは聞かなかった。

ただ次のことを理解しただけだ。つまり、あさみが理緒子を敬愛していることを彼女は知っており、それをあさみが知らないと思って、からかうチャンスをうかがっている、ということだ。

だから、あらそうなの、などととぼけた相づちも打たなかった。尋ねられれば、ええ、そう、あんたのことは大好きだと思っている、とはっきり答えただろう。だが、尋ねられたわけでもないのだから。

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