2章 一本道と信じた誤算
バスが通っていき、空き地からタクシーが脱出した。あさみはひざの上の大きくかさばった荷物と胸の間のすき間で、小爪をいじっていた。いま結婚を前にして幸せではあるものの、娘時代への別れは涙なしにはできない。
「あたしは忙しいの。母校を訪ねてる暇なんかないわよ」
理緒子は現在、キー一つを一晩かけて考えるようなプログラミングの仕事をしている。そして、化粧品会社の総務部で働くあさみの倍近い高給を得ている。今はそれを貯めている、と聞く。
「そんなに忙しいにしては、こんな楽しめないパーティーによく出てくるじゃないの。ジルバやマンボを知ってたってダメなの。アスダンスパーティーって、アスダンスを知っている人でなければ一曲も踊れないんだから。第一ダンスシューズがないと――」
「だから、あんたの婚約者を見に来たんだって言ってるでしょ。踊ろうなんて思ってないわよ」
理緒子の言い方は荒っぽくてとげとげしかった。
「今さら見てどうしようというの。何度も言うけど、結婚式にご招待するんだから、そのときに見ればいいでしょう」
「それじゃ間に合わないのよ」
「間に・合わ・ない? 何が間に合わないの」
タクシーは海岸沿いの国道に突き当たる信号待ちの渋滞に引っかかって、止まった。
「間に合わない、ってどういうこと?」
「だから、あたしが見て判断してあげるって言ってるでしょ」
「何を判断するっていうの」
「あんたを幸せにできる男かどうか、をよ」あさみはかさばる荷物の下で座り直し、理緒子に向き合った。
「あたしは自分で判断して決心をしたの。彼のことは、あんたにはあまり相談しなかった……でも、一人で十分考えたの。あたしをとても大事にしてくれる人なの。珍しいほど誠実で、善良で――」
「まあまあ、あたしに任せなさい。振られっぱなしで29まで来た女は焦ってるもんなの。亭主になる男をちゃんと見分けられる目なんか、失くしちゃってるもんなのよ」
いやな予感と不安が込み上げてきて、あさみは両手をもみしだきながら暗い窓のほうへ顔を向けた。
*
高校時代、理緒子の自由奔放な生き方に、あさみはどんなに感銘を受け、その独特な考え方に感嘆したことだろう。理緒子の気まぐれに付き合うことを好んで楽しみ、ユーモアに敏感なそのいたずら気を愛した。