そして、図太い神経の中のどこかにひそんでいると感じられる細さ――強さの中に、時にかいま見られる或る種の弱さを、かわいらしいと思った。

理緒子の弱さ。それが何であるか、あさみにははっきり説明できない。ホームで電車を待っているときなど、理緒子はあさみに三分の一ほど重なるように前に立って、肩をあずけてくる。

あさみが一歩退けばよろめくほど、すっかり背中で寄りかかって安心している。そんなときに、なんとなく理緒子に弱さを感じる。その弱さは理緒子の関心から来ているのかもしれなかった。頭の中では軽蔑しながら、こんなにも自分と性質の異なるあさみに対して、捨て切れない関心から。

正確に冷徹に現実を測り取る理緒子の物差しも、高校生のころのあさみを測るには、あまり役立たなかったのだろう。夢見るあさみのほほ笑みは理緒子には不可解であり、いらいらさせるものであり、同時に気になるものだったのだろう。

そのため、あさみをからかい、いたずらを仕掛け、たまに真剣になって意見を聞いた。それはあさみにとって快く、また光栄なことだった。女子には珍しい心の強さと前代未聞のユーモアをもってクラスの皆を圧倒し魅了していた理緒子から、わずかでもそのような関心を寄せられるということは。

理緒子のやったこと・言ったことを、兄にせっせと書き送ったが、あさみはそれを兄のためばかりでなく、自分でも楽しんだ。

一日のうちに小説になるくらいの波乱がどっさり起こるので、最初は日曜日に一週間分の出来事を書き綴っていたのが、それでは書き切れなくなり、毎日寸暇を惜しんでペンを取るようになった。

その結果、厚みのあるエアメールが毎週太平洋を越えることになったわけである。

高校一年の中ごろまで、あさみは性についてまったくの無知だった。その扉を理緒子があっけらかんと押し開けてしまった。

ガタゴト走る電車の中で、こちらの片耳をちょっとのすき間もないほどピッタリと両手で囲い、舌が上あごからピチャッと離れる音まで聞こえるいやらしいひそひそ声で、理緒子がどんなにえげつないことを言ったか。

好きな人の前で服を脱いで裸にならなきゃいけない、などとは誰も教えてくれなかったお嬢様育ちのペン先はインクを跳ね上げて、センセーショナルに兄にまくし立てた。

理緒子が廊下のロッカーの中に隠れひそんで何を立ち聞きしたとか、水を口に含んで誰の服にぶちまけたとか、誰のスカートをパンツが見えるまでめくってやったとか、駅のゴミ箱からどんなすごいポルノ雑誌を拾ってきただとかを、(兄がどう読むかなどはお構いなしに)便せんの上にぶちまけたものだ。

それを受け取った兄も兄で、異国にいる寂しさを紛らす格好の慰めにはしても、妹の教育係としての自覚などはなから頭になく、ただ、書け、書け、と面白がっていた次第である。

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