序章 ローマの流行作家 自信家たちのエピソード

ナルシストたちのエピソード

彼─ルチアノ(仮名)─を介して初めて覗き見ることができた、世界の映画界の裏側は、なかなか興味深いものでした。

ローマの夏といえば、イタリアのスターたちとハリウッドなどの一流映画関係者が集い、きらびやかな社交場へと一変します。

私も彼の計らいで、いろいろな大スターとの面識を得ましたが、どのスターたちも、多くの場合、スクリーンで感じた人間像とは大きく違っていました。これは、別に驚くことではないのです。スクリーン上の彼らは、あくまでも虚構の人間の役を演じているのですから。

そんな中で、人気女優のMだけは、スクリーンの中と変わらない笑顔で、魅力的な言葉を発していました。巷の噂では、妻子ある男性を愛し続け、独身を貫いているということです。

その噂は本当ではないかと思いました。彼女の部屋で開かれたパーティに私も招かれ、まぢかに表情を観察したのですが、時折ふと見せる寂しそうな眼差しは、成就することのない愛に生きている、揺れる女心を垣間見せているのでは、と私は勝手に想像したものです。

Mは、このパーティの部外者と言っていい私にも、よく声をかけてくれました。そんな彼女の心遣いは、人間関係を大事にする苦労人という感じでした。

私が、多くのスターと知り合いになって感じたことは、彼らは徹底したナルシストだということです。もっとも、それが役者というものの姿なのかもしれません。己の姿に酔いしれてこそ、役者は観客も酔わせることができるということかも……。

同じくナルシストであるルチアノの紹介で、二人の有名なスターと食事をしたことがあります。相手は人気絶頂だったFと、別の人気俳優Aの別れた妻、Nです。Fは自分の美貌を餌に金持ちの女性を次々とカモにする、という性癖がありました。

ルチアノは、そのことを知っていて、作家らしい好奇心といたずら心でFに「この方は、日本の財閥の令嬢フミコ・ホンダです。今日、あなたに会えることを楽しみだとおっしゃって、招待をお受けいただきました」と私を紹介したのです。

何の打ち合わせもない、ぶっつけ本番のいたずらですから、私はびっくり。目を白黒させて苦笑したのですが、そんな私を、令嬢の照れた仕草と誤解したFは、すっかりその気になってしまったのです。