ホンダといえば、欧米にもその名が知られた、オートバイや車のホンダであることは言うまでもありません。ルチアノは私をあろうことか、本田技研の令嬢として紹介したのです。イタリア人のFの心にも、「ホンダ」は輝かしい名前として刻まれていたのは当然です。

ルチアノのいたずらを真に受けたFは、それまでの気取った、尊大ぶった態度を急に改めて、満面に愛想笑いを浮かべて語りかけてきました。

「自分のプロマイドを、ミス・ホンダに進呈したい。受け取っていただけますか?」「ご厚意は感謝しますが、私にはプロマイドを集める趣味がありませんので辞退いたします」

私は軽く会釈しました。

「それは不思議なことだ。日本の女性は僕のプロマイドを、みんな喜んで受け取ってくれるのですよ。プロマイドが売り切れでなかなか手に入らないのですからね」

彼はまさかのリアクションに、ちょっぴり悔しそうな表情を浮かべて言いました。

するとそれまで黙っていたNが口をはさみました。

「あら、それは間違っているわ。日本で一番人気があるのはAよ」

当時、すでにAとは離婚していたNですが、さすがに日本での元夫の人気については消息通のようでした。

自他ともにプレイボーイと認めるFは、典型的なイタリア人男性で、強烈なナルシストでした。どこへ行っても、きょろきょろ周りの視線を気にしていて、落ち着きがありません。

同席していても、周辺からの視線がある限り、心ここにあらずで、こちらの話も上の空。いつも世間から注目されていることが生きがいで、スクリーンで見せる凛々しい男性的な姿とは、似ても似つかないのです。

Fは、マカロニ・ウエスタンで活躍し、のちに共演した女優との間に、息子が生まれています。ちなみにその女優は、アカデミー賞などを受賞した大女優です。二人はその四十年後に正式に結婚し、再び共演したことで話題となりました。

銀幕のスターたちと直接会うのは、イメージダウンのことが多く、やはりスターたちとは、スクリーンでお目にかかるのが一番です。

しかし、中にはスクリーンの虚像よりも、現実の人間のほうが、魅力的で優れている人もいます。喜劇俳優のJはそんな一人でした。

ローマにある豪華なイタリア料理のレストランの大テーブルで、映画関係者と十数人で食事をしたことがあります。私はもともとJのファンで、会うのを楽しみにしていました。

 

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