【前回記事を読む】「これは、私の愛するイタリアではない」陽気な人々や、眩しい陽光を期待していたのに、ミラノの街や人は暗く寂し気で…
4 幸運にも『最後の晩餐』を観賞 ─ ミラノあれこれ ─
日本の女子学生のタクシーに同乗
ヨーロッパに旅するときは、事情が許せば、オペラ座のある街のホテルを予約し、滞在中にオペラが上演しているかどうかをチェックして出かけたものです。
当日券を買い求めてオペラ鑑賞のひとときを過ごすのが、私の外国旅行の楽しみの一つです。
ローマのオペラ座にたまたま『蝶々夫人』がかかっているとき、当日券を手に入れ出かけていきました。近くに座っていた恰幅のいい中年男性が、プッチーニの『ある晴れた日に』のアリアを聞いて涙を流しているのです。
何度もハンカチで目を拭いているのを見て、イタリアにはオペラが暮らしの中に根を下ろして、折にふれて人々に感動を与えていることを痛感したものでした。
ミラノでいまだ体験していない感動といえばダ・ヴィンチの『最後の晩餐』を観ることでした。慌ただしく日本を出てきたので、帰途にミラノに寄るかどうか不確かだったので予約はしていませんでした。心配だったので電話をすると、「少し並んで待っていただくかもしれませんがご覧になれると思います」という返事でした。
私はホテルを急いでチェックアウトし、地下鉄に急ぎました。その日の午後、日本に帰ることになっていました。許された時間はぎりぎりの感じでした。
ところが、運が悪いことに地下鉄が故障でしばらく動かないというのです。ミラノの中心地は朝夕の渋滞がひどく地下鉄が便利で安心です。しかしその地下鉄が動かないというのですから、嫌でもタクシーを使わざるを得ません。
タクシー乗り場に駆けつけると日本人が大勢並んでいました。修学旅行の学生ということでした。行く先を聞いてみると、やはり『最後の晩餐』が目当てで、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会でした。
教会は、ミラノの中心部からかなり離れた郊外です。最後の列に並んだらとても帰国の飛行機に間に合いそうもありません。
せっかくミラノに来たのですから何が何でも観なければ……。私の執念は熱く燃え上がりました。私は思い切って最前列の二人連れの女子大生に頼み込みました。
「私は、こんな年ですから、生きている間には二度とミラノなんかには来られないと思います。今、行かないと飛行機に間に合いません。二度と『最後の晩餐』は観られなくなります。お願いだから同乗させてください。タクシー代は私が払います」
必死の思いで、一方的にしゃべっていました。初めはぽかんとして、びっくりしていた様子でしたが、私の話を聞き終わると「いいですよ……」と同乗に同意してくれました。
私に同乗を許してくれたのは、東京にある女子大の四年生で、卒業旅行でイタリアに来たということでした。自由行動で『最後の晩餐』を観に行くところでした。おっとりした育ちのよさそうな二人連れで、私のずうずうしいアタックに屈した形です。
イタリアに出かける若者が急増しているのか、成田空港からイタリア行きの飛行機に乗っても、過半数が若者でした。2月末だったので、観光旅行としてはオフシーズンのためか、一般の観光客は少なくて、学生が多くなり、近年修学旅行はますます増えているという話です。