【前回記事を読む】最終日に『最後の晩餐』を観たかったのに、タクシー乗り場は長蛇の列。最前列にいた日本人に、「お願いだから同乗させて…」
4 幸運にも『最後の晩餐』を観賞 ─ ミラノあれこれ ─
日本人の優しさにふれて
仕方がないのでキオスクで買おうとしましたが、売り子さんに英語が全く通じないのです。必死になって英語で話しかけている私に気がついた一人の女性が近づいてきました。東洋人です。私は英語で助けを乞いました。
「私は、日本から来ました。イタリア語は十分に話せないので困っています」
「日本からいらしたのですか?」と、返ってきたのは日本語でした。日本人だったのです。助け船の出現にほっとして、事のてん末を伝えました。
イタリアでは駅で新聞などを扱っているキオスクでもチケットを買える仕組みになっています。しかし、言葉が通じないのではどうにもなりません。
近づいてきた日本女性は、流暢なイタリア語で私のチケットを買ってくれました。三十歳前後のその女性は、品性の備わった優しい感じの人で、彼女のしぐさにはイタリア人の持っている雰囲気に似た感じがあり、長年のイタリア暮らしが身に付いている感じでした。
私はアメリカの航空会社に勤め、二十年近い外国生活をしてきましたが、異国で日本人と出会うことにそれほど喜びを感じないで過ごしてきました。
日本に帰って、外国暮らしの習慣が風化して、日本人の暮らしに戻っていくにつれて、外国で日本人と出会い、フレンドリーな態度に接するとほっとした気持ちになります。
改めて、同じ日本人なのだという連帯感を覚えて安心するのです。今日は偶然にも、若い日本女性に二度も助けてもらいました。もっとも今日の場合は、私のほうから援助の手を求めたのですが、どちらもこころよく私の助けに応じてくれました。
助けてもらったときに、ああ、この人たちは同じ日本人なんだとしみじみ思いました。タクシーの同乗にしても、あっさり断られても仕方のないこと。そうなれば、私は『最後の晩餐』を観ることは不可能でした。
キオスクで助けてくれた女性にしても、素通りすることもできたのに、自発的に進み出て、終始やさしく笑顔で頼みを聞いてくれました。〈なんて親切な人たち〉と、私は異国で出会った同胞に懐かしさと頼もしさを感じたのでした。