そんなことがあって十年近く経って私は再びミラノを訪ねました。確か2008年の夏だったと思います。パドバに行く途中で寄ったのです。かつての旅で空き室がなくて苦労した経験があったので、日本からホテルの予約をして出かけました。
予約したホテルは、割と高級なル・メリディアン・ガリアです。イタリアのホテルは高級ホテルでないとベッドが小さいのです。このホテルはシングルルームにもセミダブルのベッドが入っており、私のお気に入りのホテルなのです。
ロビーに着いて驚いたのは小鳥のさえずりのように聞き慣れない異国語が耳に飛び込んできたことです。中国語でした。
1900年代、このホテルは東洋人の姿はほとんど見かけることはありませんでした。見かけたとしても、まれに日本人の老紳士や中年のビジネスマンで、女性の姿はありませんでした。ホテルはいつもひっそりと静まり返っていました。
2008年、このホテルのそこかしこで中国語の女性の声がはじけているのです。
私は、中国の底知れないパワーが古都ミラノにひたひたと押し寄せてきたのを感じました。
5 最高級ホテル〝ダニエリ〟に泊まる ─ ヴェネツィア ─
友人の中に、一流と名の付くものなら何でも素晴らしいと思っている人がいます。私は必ずしもそう考えているわけではなく、自分のライフスタイルにマッチしたものが一番快適で、価値のあるものなのです。
世間的に一流の価値があるものだけが、必ずしも素晴らしいとは思いません。他者の評価に左右されて、せっかくの自分の好みが犠牲になるようでは、快適とは言えないはず。
私は、一度気に入ると、他者の評価がどうであれ、自分がよいと思ったものが、自分にとって“最高のもの”と考えています。
ところが世の中には、宣伝などによる一般社会での評価を、絶対的な価値基準にしている人が大勢います。世間の格付けが高く、金持ちやVIPが愛用したり、利用したりするものが最高のものと考えている人が多いのです。日本人のブランド指向は端的に、そのことを物語っています。