「当時の風潮では、賂は政治献金という色合いが濃かった。意次公は受け取った賂を幕府の台所に当てていたのであって、決して自分の懐に入れていたわけではない。その証拠に、定信が田沼家の屋敷を没収しようと役人を送ったとき、噂に上っていた金銀財宝は屋敷の中には一切なかったそうだ」

「それがなんで『賄賂政治の張本人』になるんだよ?」

「定信はな、田沼政治の公式記録を改ざんしたのだ」

「改ざんって?」

「自分の都合に良いよう、政敵の都合に悪いように書き換えることだ」

カイは黙り込んだ。てっぺんに立つ奴らがこれじゃ、やっぱり侍の世界はクズだな。そんでもって、それが歴史になるんなら歴史ってやつもクズだな。

意義にとっても久しぶりに枕を高く眠れる夜だった。だがやはり幾ばくかの興奮があり、今回の旅のことを思い返す。平八郎の依頼を受けて江戸に向かう途上、意義は遠江相良藩にある相良城跡に立ち寄った。

その藩邸は意義の実兄であり、幕府でも重職に就く田沼意留の屋敷とあって広大な建物だった。しかし田沼家の家風なのか、決して華美な内外装ではなく機能重視のつくりだった。雨がしとしと降っていた。意留は意義の手で届けられた建議書を、精査するように熟読していた。そして読み終えてから言った。

「あいわかった。これは必ずや幕閣に渡しておこう」

ほっとした。内容が内容だったからだ。建議書というより告発状。それを雁ノ間詰の兄が受け入れるか、という不安から解放された。案ずるより生むが易し、だったか。

「ときにお主、相良に戻る気はないか? 私ももう齢五十。江戸詰めと藩主の二足のわらじはきつい。家老にでもなって藩政だけでも手伝ってはくれぬかな?当主は代替わりしたのだ。勘当も解いてやるぞ」