約束のアンブレラ

「一つだけある。少女は傘を差していたのだ」

「どういうことですか、その少女は傘を差さずに立っていた。だから鳥谷さんはその少女に自分の傘を貸したのですよね。そのいま持っているビニール傘を。では、その少女が差していた傘はどこにいったのですか」

「おそらく少女は私に電話をして、私と出会う少し前まで、傘を差していた。そして誰かもいたはずだ。私の姿を見つけて、自分の傘をどこかへ捨てた」

「なんのためにそんなことを?」

深瀬は不思議そうに訊いた。

「全ては私を引き寄せるためだったのかもしれない。何かメッセージのようなものを感じてならない。傘も差していない少女がこんな僻地の山奥で棒立ちしていれば、誰でも放ってはおかない。だがそこまでした理由が不可解だ。そこまでして俺に何を伝えたかったのか?」

「どんな話をされたのですか」

「特別なことは話していない。時間にして数分だ。だが彼女は真相を解明して欲しいと強く願っていた。刑事の勘でしかないが、あの目に嘘はない。あの少女は久原真波の関係者かもしれない」

それを聞くなり深瀬は再び静岡県警の三好という刑事に連絡を取った。久原真波の素性と周辺の人間関係をもう一度、洗い直すということだ。

しかしこの二ヶ月、脳みそを絞ってあらゆる可能性を考えてきた。そんな少女の存在があれば鳥谷の目に留まっていないはずがないのだが。