約束のアンブレラ

「遺体は三十代半ばの女性。薬指には婚約指輪だ。三ヶ月前の九月三十日に失踪した久原真波(くはらまなみ)に酷似している」

「にしても失踪届が親族から出されたのは三ヶ月も前です。遺体の腐敗は進んでいるのではありませんか?」

「理由は三つある。あの傾斜は地面から二メートル近い場所にあった。地中深くに埋めることで微生物などの影響を軽減し腐敗が遅れた。そして低温環境だ。

冬という季節に加えて、この藤山は高山地帯と冷たい気候の場所だ。そして最後が地表の条件だ。ここの土は極度に乾燥している。水分が少なければ少ないほどに腐敗は遅れるとされる」

そういって靴から取っていた泥を深瀬に見せた。

「つまり犯人は意図的に遺体の腐敗を遅らせるため、この乾燥した場所を選んだと? でもそんなことして犯人にとってメリットないですよね。遺体の腐敗の進行が遅れれば司法解剖であらゆる痕跡を辿れることにも繋がりますし。腐敗させて、いや燃やしてしまった方がいいはず」

「その通りだ。遺体を八つ裂きにして遺棄してしまった方が犯人の特定は困難となる。だが深瀬、全ての出来事には意味がある」

正面のワイパーが降り続ける雨を掻き分け、車のボンネットには強い雨が降り注いでいる。

「しかし腐敗を遅らせたいなら密閉した容器に入れることや、石灰や防腐剤などで化学処理する方法だってありますよね」

「犯人はおそらく、この十二月の三日間に起きる局地的な豪雨を想定していた。猛烈な雨で土砂が崩れ遺体が発見される時間までを逆算した上で、最適な死体の状況を演出した可能性もある」