「まさかそんな計算できる訳ありません」
「現にこの雨で犯人の痕跡などは跡形もなく洗い流されるはずだ。天候は我々の味方ではなさそうだ」
それを聞くなり深瀬は悔しそうな顔をして足を蹴り上げた。
「現場検証は雨が収まってからになるでしょう。犯人の足跡も、手がかりも泥と一緒に流されてしまう。この事件は天候が仇になるのでしょうか。まるで犯人の手助けでもしているかのように」
「落ち着け、感情的になるな。どんな特異な状況でも、刑事は冷静でなくてはならない」
「この事件の犯人は天候でも操れるのか。絶対に許さない」
「ああ、その通りだ。彼女をこんな目に遭わせた報いは必ず受けさせる」
そう鳥谷は鋭い眼光を光らせる。深瀬はその表情を助手席から見つめた。鳥谷は時折、車内の窓から周囲を見渡し、誰かを探しているようだ。
「とにかく雨が少し弱まったら現場検証を始めましょう。まもなく応援も到着しますし、今朝の天気予報ではあと三十分もすれば弱まるはずですので」
「あの少女が気がかりだ。どこかで雨風を凌いでいればいいのだが」
神妙な面持ちのまま鳥谷は蔵の方に目を向けた。
「その少女は一体何者なのですか」
「おそらくは事件の第一発見者だ。私の個人携帯に連絡をしてきたのも彼女で間違いない。名前は雫(しずく)。赤いコートを着た小学三年生くらいの女の子だ。荷物も傘も持たずに立っていた」