特別な島
夫から異動先が屋久島に決まったと告げられたとき、私は思った。
「縄文杉が、呼んでいる」
屋久島はとにかく特別な島だった。
引っ越してすぐ、屋久杉ランドに行ったとき夫が言った。
「こんな島、ほかにある?」
白いなめらかな花崗岩に豊富な水の流れ。
周りを囲む杉は、どれも見たことがない雰囲気をもった立派さ、太さ。どの景色を見ても、それまで見たことのない屋久島だけの景色だった。
鹿児島県だけど、鹿児島にあらず。
屋久島は、屋久島でしかなかった。実際、どこの県にも似ていない、属していないと今も思う。
住宅の周りを数キロ歩くだけでも、いくつもの小さな川がある。水量も豊か。本州で渇水が報じられようとも、まるで無関係な土地だ。
私は二歳になっていた長男を幼稚園のちびっこクラスに入れ、意気揚々と島を走り回った。
こんなすごい島に来たのに、家の中でトミカを握っている場合ではない。それが本音だった。しかし、幼稚園バスは三時くらいには帰ってくる。その時間までに行って帰って来られる場所は限られている。
おのずと、太鼓岩や屋久杉ランドなどに行くことになった。縄文杉の近くまで来ているのに、行けないもどかしさ。でも今私は、かの老木とつながった地に生きている。
心の中で、縄文杉の気配を探りながら、毎晩眠りについた。
しかし、縄文杉まで行けなくともすごいところは山ほどあった。特に太鼓岩はすごかった。のんびり歩いても、二時間半ほどでたどり着くそこは、行ったものでないと分からない素晴らしさに満ちている。
広がる屋久島の森を見渡す岩の上に立つと、はるか遠くに宮之浦岳が見える。下からは渓流の音が、ごおお、と絶え間なく響く。手軽に来られるので観光客はひっきりなしにやってくるが、足しげく通えば一人きりになれる時もある。
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