「お母さんの旧姓か、実のお父さんの姓か、どっちにする?」
勝也は迷わず実の父の姓を選んだ。勝也は弓子の離婚には何も感じなかった。なぜなら、ほとんど会話をした事もなかったおっちゃんは勝也にとってあくまで「優しいおっちゃん」のままであり、お父さんと呼んだ事もなかったからだ。
しかし、弓子の経営しているスナックがお父さんの名義だったらしく、離婚と同時に店を辞める事になったのにはかなりの衝撃を受けた。
弓子は離婚後無職になり、パチンコで生計を立てていたようだ。勝也は月に3万円の生活費を入れていたが、当然それだけで生活がやっていける訳はなく、不安が募るばかりだった。
当時の勝也は庭職人の見習いだったので日当5千円、雨の日は休みになるので月収にすると多くて12万円、少ない時には9万円くらいだった。
その為、親方に事情を話し、同級生の働いている職場なら1日6千円以上貰えて雨でも休みにならないので、そちらへ行きたいと伝えた。すると親方は同じ金額に給料を上げると言ってくれた。
しかし、しばらくして親方が言った。「一度辞めると言ったら働きにくいな。勝也くんはそんな性格やもんな」その時、勝也はうなずくしかなかった。
その後、転職した先では直ぐに遠方へ泊まりの出張、それも数ヶ月。紗香と会えなくなるし、友達とも遊べない、かなり嫌だったが出張を断る事ができず、行く事になった。
出張先では、毎日仕事をして銭湯へ行き食事して寝る、その繰り返しだった。ただ、それくらいなら辛抱もできたが、同僚のおっさんからのイジメが耐えられなかった。
しばらくは辛抱したが、勝也は短気で我慢できない性格だったので、そのおっさんに文句を言い返すようになった。すると、おっさんのイジメもエスカレートしていき、しまいには寝る前に勝也の布団にオレンジジュースをぶちまけたのだ。
その日、勝也はみんなが寝静まるのを待ち、こっそりと旅館を抜け出した。深夜、歩いて駅まで行き、そこに居たホームレスのおっちゃんと語り合いながら、始発の電車を待って自宅へ帰った。
勝也のこの時の給料は庭職人の見習いの時より少し上がっていたが、無職の母と高校に通っている姉との生活は決して楽だとは言えない。もっと高収入の仕事を探す事にした。
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