当時は私の方が背も高く、体重だって重かったから、たまに私が勝つと、あなたは決まってムキになり、私は乱暴に投げ飛ばされていた。
覚えていますか。恭平の家で飼っていたコロが死んだ時のことを。恭平のお姉さんが散歩に連れて行こうとした玄関先で、コロはタクシーに撥ねられて死んでしまった。
あの時、あなたは血まみれのコロを抱き締め、大声で泣いた。それを見た私も堪らなく悲しくなって、一緒に大声で泣いた。
夜になって、あなたのお父さんとお姉さん、弟の修平くん、それにあなたと私とで近くの空き地の隅にお墓を造った。
その帰り道、いつになく神妙な口調で、あなたは言った。「雅子、コロが死んだ時、一緒に泣いてくれて、ありがとうの。お前も、ようコロを可愛がってくれたけぇの」
言われて気づいたのだけど、もちろん私はコロが死んだことも悲しかったけど、それ以上に、あなたが血だらけになったコロを抱き、正体もなく泣き崩れているのが、悲しかったんだと思う。
そう、あなたはいつも、私を「雅子」と呼び捨てにしていた。一度、私の父の前で「雅子」と呼び捨てにした時、父があなたをからかった。
「おい、恭平くん、君はうちの娘を、まるで自分の嫁さんみたいに呼ぶんだな」
すると驚いたことに、あなたは、「おじさん、ボクが大きくなったら、雅子をボクの嫁さんにしてやるよ」そう応えてくれた。
私は、あの時のあなたの表情を、今もはっきりと覚えている。それは、あなたが最もあなたらしい表情で、体を半身に構え唇をへの字に固く閉じ、得意気に顎を突き出し、相手を睨みつけるのだった。
父が何と返事をするかと振り返ると、父も少しばかり真剣な顔つきになって言った。
「そうか、よし。恭平くんがおじさんに相撲で勝てるようになったら、雅子を嫁にやろう」父は身長が百八十センチ近くあり、学生時代は柔道をしていたから、父を相撲で負かすことは容易なことではなかった。
それから数週間、あなたは学校でも家に帰ってからも、相撲ばかりしていた。でも、私は全然相手にしてもらえず寂しかったけれど、それ以上に嬉しかったものです。
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