風船

時に畏敬の念を超え、女性に対して恐怖にも似た衝撃を覚えることがある。そんな感情を恭平が初めて体験したのは、大学受験に失敗した十九歳の夏だった。

「恭平、よく惚気話を聞かされている、佳緒里さんに会ったわよ」

愛犬のキングを連れて散歩に出ようとした夕食前。掛かってきた電話の主は、京都に住む幼馴染みの雅子だった。

「えっ、佳緒里に会ったって? 雅子、お前、今どこにいるんだ」

「ついさっき、広島に着いたのよ。その広島駅で佳緒里さんに会ったのよ」

「会ったって、お前、佳緒里の顔なんか知らないだろう」

「顔なんて知らないわよ。知らなくても判るのよ、女性には」

「へぇ、でも、それって勘違いじゃないのかな」

「ううん、絶対に間違いない。『あっ、佳緒里さんだ』って、直感したもん。笑いかけたら、何故だか、怒ったような顔して睨まれたけど。佳緒里さんも私が誰だか、判ったみたいだった」

「そんなこと言ったって、名乗り合った訳じゃないんだろ」

「それは、そうだけど、絶対に間違いないって!」

「……」

「聞かされていた通り、恭平には勿体ないくらい賢そうな女性だった。今度会ったら聞いてごらん」

「うん、聞いてみるけど……」

この三年間、恭平は佳緒里との出会いや執拗なアプローチのあれこれを、面白おかしく得意気に話してきた。

しかし、雅子は軽く笑って聞き流すだけで、ことさら関心を示すでもなく、容姿について訊かれたり、写真を見せたりしたことは一度としてなかった。