正直なところ、佳緒里の存在にヤキモチを妬かぬまでも、殆ど無視を決め込む雅子の態度に、恭平は内心拍子抜けさえしていた。
だからこそ、信じ難い遭遇に驚きながらも、雅子から佳緒里を誉められたことに気分を好くした恭平は、キングの首にリードを掛け家を出た。
キングは、広島在住の雅子の異父姉に紹介されたブリーダーから数年前に分けてもらった血統書付きのコリー犬で、穏やかな性格とブルーマールの毛種がお気に入りだった。
本来はドッグショーでチャンピオンを獲ることを期待され、キングと命名されたけれど、生後五か月を過ぎた頃、背筋が僅かに湾曲していることが判明し、ブリーダーに見放され手放されてしまった。
自身の家柄に誇るべきものもなく、体型にも自信がない恭平は、背筋が真っ直ぐでないことなど全く気にならず、むしろ同情さえ覚えて格安で譲り受けた。
唯一の欠点は、名前だった。血統書に登録されているキングという名前に、当初は何ら抵抗は感じなかったが、広場を走り回る愛犬を呼び戻す瞬間、「キング!」と大声で叫ぶ度に、周囲からの得も言えぬ視線を感じ、恭平は気恥ずかしさを覚え始めていた。
雅子からの電話の翌日。意外にも恭平から問うまでもなく、会った途端に佳緒里の方から告げられた。
「恭平、よく自慢話を聞かされている、幼馴染みの彼女に会ったよ」
「幼馴染みって、京都の雅子か」
さも初めて知ったかのように、恭平はさり気なく驚いてみせた。