「そう。広島駅で見知らぬ女性に、いきなり親し気に会釈されて、誰かと思った。あれって、きっと幼馴染みの彼女よ。まるで親友みたいな馴れ馴れしさだったもん」
「へ~っ、で、佳緒里はどうしたんや」
「決まっているじゃない。無視したわよ」
「無視!? どうして……」
「どうしてって、失礼じゃない。いきなり笑いかけるなんて」
「そうかな」
「そうよ。聞かされていた通り、ちょっと不良っぽい感じで、私は好きじゃない」
「そうか、好きじゃないか……」
佳緒里の話は、間違いなく二人が出会ったことを裏付けると共に、千載一遇の見知らぬ者同士が名乗り合うことなく、お互いを認識し合った事実は改めて恭平を驚愕させた。そして佳緒里の感想は、雅子からの電話と違って恭平を酷く興醒めさせた。
幼馴染と恋人。
二人の女性への想いは全く別次元と都合よく考えることで、自己肯定していた自分に気付いた。
それまで雅子と佳緒里を天秤に掛けることを無意識に避けてきた恭平だったが、この稀有な遭遇以来、事ある毎に二人を比較し、自身との相性を占い始めた。
雅子と佳緒里。
二つの大きな風船に結ばれた紐を左右の手に握って奔(はし)り回る子供のように、自在に大空に舞い上がらせ、その浮力に乗じて軽やかにステップを踏んでいる自分に、恭平はこよなく満足していた。
しかし、思いがけぬ遭遇を契機として、二つの風船を操る糸が縺(もつ)れ合い、足取りが乱れバランスを崩した恭平は、何故か窮屈で息苦しい焦燥を感じ始めていた。
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