風船

* ――一年後の夏。

やっと大学に合格して上京した恭平は、大切にしていた二つの風船のうち一つを手放してしまった。

後ろ髪を引かれつつも恭平から別れを告げたのは、幾多のライバルを蹴散らして懸命に追い続け、ファースト・キスを交わした珠玉の恋人、佳緒里だった。

そして、幼馴染みとして十数年も顔を合わせていながら、手さえ握ったことのない雅子に、恭平は強く傾倒していった。

遮断機

「くそっ、いつだってこうなんだ。俺って奴は……」

恭平は一方的に切られてしまった電話に腹を立て、未練がましく受話器を握り締めたまま独(ひと)り言(ご)ちていた。

実際、思ってもみなかった言葉を、つい口走ってしまっての数多くの失敗が無ければ、恭平の人生はもっと違うものになっていたはずだ。

しかし、この瞬間の恭平は、軽率な言葉から生じる結末を予測できていなかった。

未だ恭平は、この電話の遣り取りを、子供の頃から幾度となく繰り返してきた喧嘩の一つと軽く考えていた。

「しまった!」

恭平が心から後悔しほぞを噛むのは、それから二日後、雅子からの速達を手にしてからだった。そして後年、この電話のやり取りを運命の悪戯と嘆くことになるのだった。

速達には、右肩上がりの独特の癖字で認められた長い手紙の他に、真新しい一万円札が三枚、同封されていた。

恭平と私が初めて会ったのは、小学校五年生の春でした。父の仕事の都合とはいえ、私は広島に越して行くのが嫌で嫌で堪りませんでした。でも引っ越したその日、焦げ茶色の雑種の犬を連れたあなたに出会って、新しい土地がいっぺんに気に入ってしまった。

「うち、下重(しもじゅう)雅子っていうんや、仲よくしてぇ」と言うと、あなたは、「お前、どこから来たんや。変な言葉遣うのぉ」と言った。

私は、あなたの言葉の方がよほど可笑しくて、吹き出してしまった。

すると、あなたは、「なんで笑うんや。のぉ、なんで笑うたんや」と怒り出した。そうして始まったあなたとのやり取りのお陰で、一か月後には私もすっかり広島弁をマスターしてしまった。

転校した小学校で、偶然にも私は恭平と同じクラスになり、意外にも恭平はクラスの人気者で学級委員をしていた。私は最初から恭平が好きだったけど、恭平は他に好きな女の子がいるみたいで、私を故意に無視したり意地悪したりしていた。

「恭平」。今でこそ、こう呼び捨てにしているけれど、あの頃の私は「恭ちゃん、恭ちゃん」と呼んで、あなたの後をついて回っていた。

あなたは、それが煩わしいのか照れくさいのか、素っ気ない態度を崩さなかった。

でも、それは学校だけのことで、家に帰れば一緒に宿題をしたり、隠れん坊や相撲を取ったりして遊んでいました。