バースデーソングは歌えない。

6 焦燥 〜喜美子〜

別に結婚は構わない。当人の「幸せ」に口を出すつもりはない。二人だけの世界で手をつなぎ肩を寄せ合う後ろ姿に、目からの殺意を浴びせることもあるが、自分を重ね合わせるなど不名誉であって、純粋に目の前から消えてほしいだけだ。男女関係を嫌悪する。

職場の人間は、旦那と結婚して「女」が認められたと安堵する。そこまででいいだろ、まだ存在しない命を巻き込むな。そんなに自分の人生をオススメできるのか?

「赤ちゃんが欲しい」というのが気持ち悪い。命を「欲しい」だと? 可愛いからか? せっかくの身体能力を眠らせたまま死ぬのは怖いからか? 「女」として生まれたからにはもったいないか? 少子化社会の何が問題なのだろう? 可愛い。可愛いものを手に入れたい。そんな幼なげで醇正(じゅんせい)な欲望を根底にして、命が欲しい、とはどういうことだ?

「どうして、わたしを産んだの?」

「ええ? 何よ急に」

「ねえ、私が生まれた時、どんな気持ちだったの」

「そりゃ嬉しかったわ。言葉になんてできないくらい。母親になったらあなたにもわかるよ」 産前にはわかっていなかった理由を、産後になって獲得する。そう母は言った。喜美子は、いまいち釈然としないまま、母の瞳が微妙に振動するのを見ていた。

「景色が変わったわ。あなたが生まれてきてくれて、本当に良かった」