どうして頑張れるのですか? と訊いてみたい。守るべきものがあるから、とか、人がいるからとか、その人それぞれの生きる意味がある、生きる意味を見出しているのだ。その生きる意味になりそうだった美結は、昨晩もどこかへ行ってしまった。メメント・モリ、死を忘れるな。

画面上に浮かぶ文字の意味を意識的に捉えようとすると、いかに無意識のうちにエネルギーを消費しているかを知る。なんて高度で、なんて不確実な世界を歩んでいるのだろうか。

《平素よりお世話になっております》とメールを打ち始めると、手元で、指が並んで交互に動き回っている。自分の手のひらを凝視した。皺が縦横無尽に走っている。生まれてからこのかた、この手と生を共にしてきたのだった。

信じられなかった。画面が自動消灯して暗くなり、「私」の顔が現れた。縦に長い楕円が剥き出しになっている。黒髪は、画面のブラックとはトーンが異なり、浮かび上がってはいるものの、どうしてここにあるのか、考えれば考えるほど不思議で気味が悪く思えた。

他者を所有する―その不可能性を前に恐怖を感じる。いまごろ美結は何をしているのだろう、思いを馳せる。また孤独の中で呼吸をする。この遅効性(ちこうせい)の毒を美結が取り除いてくれるはずだったと、一方的に期待を寄せていた身勝手さに吐き気を催す。

自己憎悪。カタカタカタカタ四方八方塞がれる。白っぽい壁、灰色のカーペット、黒い椅子。天井には蛍光灯が平行に並び奥まで続いている。

光の下、社員たちは、デスクトップ型のパソコンと、固定電話が与えられ、ほとんどの時間を座って過ごす。いつになっても、暇な季節は来ない、延々と糸車を回しているみたいに、ずっとタスクという糸は伸び続ける。一つのタスクが終わっても次のタスクが現れて、ブヨブヨ伸びていってしまう。

      

【前回記事を読む】ラブホテルから出てくる、推しと女の写真…真実がなんであれ、彼は「男」になった。愕然とした。汚らわしい。吐き続けた。

次回更新は2月4日(火)、18時の予定です。

   

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