バースデーソングは歌えない。
5 深淵 〜美結〜
思えた、とは、どういうことか。少女は、誰かと長期間、一緒にいたことなど、これまで一度だってなかった。ある程度まで一緒にいると、相手の本音が透けて見えてきてしまう。端(はな)から期待などしなければいいとわかっていながらも、今度こそは持続するのではないかと信じてしまう。それが緩やかな磁力で互いに引き寄せられる感覚でも構わなかった。
とにかく、この人といれば、心の平穏が保たれる、そんな確信が欲しかった。「強さ」を保つのは辛苦だ。誰かに頼りたくなるときもある。
何をしてようが、帰ってきてくれればそれでいいよ、と無条件の信頼を提示されれば、美結は、喜美子のために自分が何ができるか真剣に考え始めることができた―などという思考回路も、どうやら自分の短い人生経験から生成された類のものではなかったのだ。ずっと以前から知っていたような気もするし、ついさっき知ったような気もする。
美結は、ラウンジチェアの上で胡座(あぐら)をかき、腕を組んで、自分にある過去の記憶を疑った。この記憶は、本当に、自分特有のものなのだろうか? そもそも、記憶・思考とは、言葉である。言葉は、生まれてから取り込んだ異物だ。異物はどこで生成された? 外部からインストールされたからこその異物。
実はこの世はゲームで、人間ではない存在が作ったシミュレーションの中に生きているとしたら面白い。自分も、ゲームの構成要素にすぎない。たとえ相手に勝ってポイントとなっても、喜ぶのはプレーヤーだ、キャラクターではない。
実際、その「何者」かが存在していようがいまいが、自分がこの世に放り込まれたという意味では、強制的に参戦させられたわけだ。親もそうだ。このシミュレーションをプレイしている張本人は誰だ? この作り物の体にだって設計者がいる。こんな空っぽの体の中に新しい命が宿るわけがない。