バースデーソングは歌えない。

5 深淵 〜美結〜

新宿を歩く。靴裏には誰かが吐き捨てたチューイングガムがへばり付いている。どこからか流れてくるアイドルの無責任で安っぽい歌詞が耳障りだった。男、女。顔が平面に並んでいる。似非(えせ)の大人たち。本当の大人はどこだ。手本となるべき大人はどこにいる?

《最近、帰ってこないね》と、喜美子からLINEが入っていた。これは喜美子自身が少女不在の理由を把握できない不安の表れ、つまり、嫌われ不安が先行したための心配に過ぎないと、美結にはもうわかっていた。

どこか喜美子には自分の母親に似ているところがあった。もっとも母親は、喜美子のように「貴族」ではなかったが。関係性の最たる違いは、いうまでもなく血がつながっているかどうか、ということだった。喜美子とは血縁関係ではない。

だから、自分のことがわからなくても、わかる努力をしてくれる、共感しようと一所懸命になってくれる、それだけで、嬉しいと思えるはずだった。

だが、喜美子は喜美子自身のために少女を心配している。自分の領域から人が外れるのが怖くてたまらない。わからない存在から、不意打ち的に嫌悪されるのが怖いのだ。

彼女の人生は、経験という過去を土台とした予測であり、そこでは過去と現在と未来とは完全に接続されている。一本の激流に揉まれている彼女に憐れみを覚える余裕を持つ義理など美結の十余年の人生にはない。

喜美子は美結を束縛した。