《ずっと家にいればいいじゃん。なんでもあるんだからさ》

《誰かと会ってるんだったらいいよ、連れてきなよ。私がいないときだったら自由に使っていいから》

一時は徹底して甘えてみせた。少女にとっての「甘え」とは、好意を引き留めたいという欲望、ではなかった。相手を試すための「防衛」である。本人は気が付いていないが、喜美子の思考回路とは裏表だった。

我儘さえも包んでくれる、そんな寛大な人間が、己のささくれだった心を潤す。一つ一つ、関係性のベースとしてある条件を洗い出しては、敢えてその条件に乗っかり、上限まで振り切ってみせる。

すると、もうその条件は達成され消失するか、あるいは相手が飽きて条件としての意義が消滅してしまうかのどちらかに落ち着く。そうやって美結は、恒常的な関係性を探し求めてきたが、いまだに見つかっていない。

《お返事ちょうだいね》

オンラインのサービス上には、いくらブロックしたって「愛」を表象する情景が投稿される。リアルも変わらない。公園では、桜が桃色の花を咲かせ、子孫の繁栄に励んでいた。リードにつながれた犬には無防備にさらされた生殖器がぶら下がっている。子どもが、ベンチに座っている母親のほうへと駆けていく。

その胸に飛び込んで深く抱擁される様を見て美結は、不幸に引き摺り込んでやりたいと呪った。あの満面の笑みを潰してやりたかった。あの子が大人になって、喜美子のようにヒィヒィ言って、社会システムに嵌め込まれて身動きできない状態になってしまえばいい。

自分が「不幸」であるとか「幸福」であるとか、判断している物差しは非常にシンプルなもので、もうすでに自分に備わっているのだと美結は自覚した。三つ子の魂百まで。感覚・感情が先にあり、その言語表現が、「幸・不幸」に過ぎない。