第1章

典子の庭

花輪はその内側に光源があるかのように、仄かな点り色を見せて輝き出していく。

その度にしみじみと思う。―― 薔薇は、他の花のように光を返して輝くのではなく、光を吸って輝くのだ―― と。

一つの株であっても開き具合や花茎の位置によって花色に微妙な違いが生まれ、やがてそれらは混然と溢れる花群となっていく。 

魔術のような時間、美が開く時。典子は色彩のシンフォニーに包まれ、魂の奥底までが共鳴していくのを覚える。

―― この喜びを表すには詩人の言葉がいるのだわ――

庭を巡りながら典子は自分自身にとも、薔薇にともなく囁(ささや)く。と言っても、いつまでもうっとり眺めている訳にはいかない。

盛りが過ぎて花輪が緩んだり、色が褪(あ)せ始めたものを摘み取らねばならない。それだけではない。株回りに目を配り、株元から伸びてくるベーサルシュートの確認なども疎かにはできない。更にこの時期欠かせないものは害虫対策である。

リンゴや桃、梨などバラ科のものはきっと虫が好きな何かがあるのだ。大敵の青虫や蕾の花首をかじってしまうバラゾウムシなども丹念に見回り駆除しなければならない。しかしそれを苦痛と思うような事はない。薔薇守りの朝は喜悦の作業の内に過ぎていくといえる。

テラスに着いた時には典子の胸は薔薇で塞がっていた。

左の腕に茉莉のボストンバッグを下げた窮屈な姿勢だったが、開き過ぎたものなど目に付いた花を摘み取ってきた。朝には完全無欠だったものも気温が上がってくると、薔薇は手を掛けた者の心を置いて、咲き急いでしまう。        

テラスの端の作業台に体を寄せ、胸元の薔薇をそっと放った。いつものようにローズボウルに浮かべようと思った。

壁の棚からクリスタルのボウルを選び、素早く水を張った。配色を見ながらテーブルの上の薔薇をそっと浮かべていく。それでも藤色の(来香夜)(イエライシャン)の一輪が手から崩れてしまった。一瞬典子の動きが止まる。

その花冠に=永遠の憧れを秘める=と詩人の謳(うた)う花は、虚か幻であったかのようだ。典子は憂いを残した花びらを指で集めていく。次はテラス中央のテーブルに向かい、先ほど放りっぱなしにした園芸道具を壁側のストッカーに入れ込む。

父の頃からの木製のテーブルは、大人六人がゆったり囲める広さがあり、花瓶もそれに見合う大きなものを置いていた。それには薔薇が活けてあるというより、今のそれは限界まで入れ込んだ、という状態だった。

この時期は飾り切れないほどの花で溢れる。数秒、典子は溜息まじりにそれを見やる。やがて観念する。