たった一匙の実

器用な反面、一つの仕事が続かないスズキ青年は、体調を崩してまた離職をした。貧窮の底で嘆きの嗚咽を漏らしつつ、しかしこれで終わってしまってはいまを生きる意味がないと決意を新たにして気持ちを切り替えた。まずは体調を戻し、その次に仕事を探せばいいのである。

お医者は、過労なので消化のいい物を食べるようにしなさいとスズキ青年に言いつけた。高熱が下がり、立って身の回りのことができるようになるとだんだんと意欲がわき、なにかを食べたいと考えるようになった。友人に借金をし、しばらく養生をすることになった。

なにもすることのない真っ昼間に、スズキ青年は退屈という言葉の意味を思い知った。働き者の血が騒ぎ、世の中の循環から切り離されるほど苦痛なことはないと思い知った。心配した友人が「そんなに急ぐことはないよ。長く努めるのが人生なのだから、お医者のいうとおり消化のいい物をゆっくり食べて、偉い人に与えられた休日だと思えばいいのさ」と助言をした。

「消化のいい物ってなんだろう?」

「やっぱり自然の中で育まれた、オーガニックな食品じゃない」

それでは自分で畑を見つけ、自分で種をまいて自分で刈り取った物がいいに違いない。そう合点したスズキ青年は、遊休耕地がないか役所へ電話した。おもしろいもので役所の側もいま借り手がいないか探していたところで、ちょうどいいからといった調子で街外れの農村を紹介された。

前向きになったスズキ青年は、急いでその農村へ向かった。農村では富農氏が笑顔で畑に招いてくれた。

  

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