【前回の記事を読む】「この人、本当に死んでいる!」名誉の殉職だ。彼の死体はパイプいすに座った形でロープに縛られ、観衆の見える場所に飾られた。
たった一匙の実
「畑はこのとおりあるんだ。農機具もお貸しするし、農作指導もしよう。種苗も肥料も有料だけれど手配するよ」
「今年の作柄はいかがですか?」
「ああ、冬期に霜が降りて心配だったが、春先になって気温も上がり、このとおり順調だよ」
見渡すとさまざまな作物が実も重そうに横たわりあるいは生えそろっていた。
「ただ……」
富農氏の穏やかで重厚な面持ちが一瞬陰り、不安な心理が見て取れた。
「実はここだけの話なんだが、最近何者かが畑へ忍び込んで、作物を荒らすんだ。今のところ被害は軽微だから治安部隊へ訴え出はしていないんだが、村の長老も、犯人の見当がつかないんだ……」
「それじゃあ僕がその犯人捜しに力をお貸しします!」
行き当たりばったりであるがスズキ青年は仕事を買って出た。富農氏の示す被害というのは、成長中のつるや若芽を誰かがつまんで食べてしまう、というものだった。
「それじゃあ害虫でしょうか?」
「私はもう若くないから夜っぴいての犯人捜しはできない。だから君に一任しよう」スズキ青年は今日は一睡もしない覚悟で畑の片隅に陣取った。夕刻となり日が陰り、箱船の中心部が眺望できた。終業までに間に合わせようと市民や労働者は殺気立って働いていることだろう。
耳をそばだてるとそよ風が作物を揺るがし、葉と茎とつるが優しく音を立てている。血眼になって利益を追求するだけではない静寂な世界が、こんな近くに存在するだなんて想像していなかった。