喜美子は両親の顔を思い出そうとするが、それらの目や鼻や口や眉は、ぶよぶよした輪郭の中で揺らいでいて捉えられない。大人になるまでは、両親の庇護のもと、決まった建物を往復する毎日が「安全」であると疑いもしなかったが、いったい何から守られていたのだろう。改めて思い直す。
ひもじい思いをしたことはなかったし、一人っ子だったため、愛情がキョウダイで振り分けられることもなかった。金銭面は完全に保障されていた。母は専業主婦で、父はサラリーマン、典型的な核家族だった。
暴力を振るわれたり罵声を浴びたりした記憶はない。帰宅すれば、母は必ず「おかえり」と言ったし、父が会社から帰ってくれば「ただいま」を聞いた。何一つとして異常のない完璧な家族像だった。
だから、常なる緊張状態に喜美子は陥っていた。今の仕事に就くまで実家にいたが、一人暮らしを始めてから、いかに窮屈な思いをしていたかを喜美子は悟った。
美結の一種の雰囲気は、実家暮らしをしなくても多くの人やモノに守られているようにも映った。彼女は「自由」を象徴しているようで、これまで「いい子」の枠内に収まろうと我慢してきた喜美子自身の憧憬の的にもなりうる存在だった。
「美結……ちゃんはさ、なんか夢、ある?」
「夢?」
「そう、夢。将来何になりたい! とか」
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次回更新は1月24日(金)、18時の予定です。
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