リビングに戻ると少女は、ぬいぐるみを寝室から引っ張り出して抱いていた。白い犬のキャラは会社の忘年会で貰ったものだった。シロタと名前をつけた。シロタは少女の腕の中で天真爛漫に笑っていた。

「……キミはさ」

「みゆ!」きっ、と大袈裟に眉を吊り上げて、少女が名乗る。

「みゆ」

「そう、あたしの名前」

「どんな字を書くの?」

「美しいに、髪の毛をゆうの結で、美結」

これを境に、ようやっと少女は特定されて「美結」となり、そのことが無性に嬉しくてたまらなかった。美結が、自分と同じ時間を過ごしている。

その状況が生成する快さに満ち満ちた気分を、自らの中で大切に抱擁する―それだけをすればいいのに、何かしらの正当化をしようと心が走る。美結が心配で仕方ない、親切心でここに連れてきたと言わんばかりに、家出してるんでしょう?と何度も言いかけては、あのバーでの硬直した表情が視界に差し込まれ、喜美子の口をつぐませた。

(私は何を確認したいの。帰る家を、この子は「新宿」だと言った。私の言う「家」が、コンクリートの壁で囲まれた空間のことを指すなら、あのバーも「家」に違いないでしょう。あの子の言うとおり、私ったら、両親が待っている場所があるべき「家」だと考えているきらいがあるわ。でも自分の場合はどうだった?)