バースデーソングは歌えない。

3 抱擁 〜喜美子〜

「なんか変な影響受けてない? 周りが見てるからって、そんなの見なくていいんだよ」

「はいはい、じゃ、入りまーす」

鼻歌を歌いながら少女がボタンを外していくので喜美子は焦って乱暴に外に出た。

五分ほど経って、喜美子はアッと気付く。そうだ、着替え、ないよな……。自分の下着を貸すわけにはいかない。中年のショーツは少女にとってサイズオーバーだし、これ、着ていいよ、とつまらないトーンの布っ切れを差し出すのはさすがに恥ずかしい。

喜美子は、少女を一人残していいものかと二の足を踏んだが、「来客」に不快な思いをさせてはならないと責任を感じ、急いで近場のコンビニへ向かうことにした。エレベーターの箱が上がってくるまでの僅かな時間も煩わしい。喜美子はボタンを連打し、ドアが閉まるのを見ながらも、少女のことを思い浮かべていた。

二月下旬の未だ凝結した空気が肌を突き刺す。一つ隣の道路に面したコンビニに入るのも久々だったが、指はカゴの取っ手を引っかけていた。陳列されたドリンクの容器には色とりどりのフルーツが印刷され目をチカチカさせる。

この丸ごとりんごジュースにしよう、擬人化されてて可愛いし。好きだと言っていたミルクティーも。お菓子コーナーでも、高カカオチョコレートやチョコクッキー、グミチョコなどをカゴに放った。少女が〝子どものように〞喜ぶ姿を想像すると、店内の温度が熱く感じた。

対側の棚に回り、なんとなく視線を滑らせる。歯ブラシセットがある。洗面所には医療機器メーカーの電動歯ブラシが起立しているだけなので、出張用のストックがあるよ、と言って、さりげなく手渡すのはどうだろう、出張先のホテルに歯ブラシがないところなどないが。と自分にツッコミを入れつつ、右手は塩化ビニールのケースを握っていた。

少し首を前傾させると、下段の真ん中あたりに、002だの003だの書いた箱があった。喜美子は顔をしかめた。避妊具が誰でも簡単に入手できる、そんなディストピア的な現実がある。いや、逆なのかもしれない、とも思う。事故で生まれさせられる生命の受難は免れる。